初恋












人の出入りが多いため、いつでも賑やかであるここ、江戸は長州藩邸。

ここで仕事をしているも少し前に萩から桂と共にやってきた長州人である。

遊学のため江戸に出たいと言ったら即許してくれた。

女であるが、昔から知に優れ藩からじきじきに教養を受けていた。藩にとっては松陰以来の期待の星らしく

資金援助までしてくれていたが、正直学問があまり好きではなかったは、遊学を理由に逃げ出してきた

のである。ただ、逃げ出せたのは良いが、江戸に来て特に何かやることを考えていたわけではないので、

結局は、佐久間象山のところで学問をしつつ、藩邸で接待役をやっていた。

接待役といってもなんてことはない。ただ、茶を出して世間話をするだけのおちゃらけ役である。

だが、今となってはおちゃらけ役であったと言い直さなければならない。

どっかの馬鹿が、横浜で異人居留地襲撃を企てたものだから世子が江戸に来るわ、役人が藩邸に来るわで

大騒ぎ。何度も説明してようやく幕府の役人から解放されほっとしたのも束の間、世子があろうことか

この桜田藩邸で襲撃犯を謹慎させると命を出したものだから当分の間、休むことの許されないこの状況に

うんざりしていた。







藩の方へ遊学状況の報告書をまとめているところ、苦虫を噛み潰したような表情をした来島が声をかけてきた。

「来島さん、相当滅入ってます?」

「滅入らないほうがおかしいだろ」

「まぁ、そうですけど」

苦笑いをしながらどうしたのかと聞く。すると来島は西北をさす。

物見どころの方?と思いながら耳を澄ますとなにやら喧嘩しているのか、怒鳴り声と振動とでうるさい。

「何とかしてきてくれ」

「私がですか!?勘弁してください」

「こっちは、あいつ達のせいで書かなければならない書状がてんこもりなんじゃ。では、頼むぞ」

こちらが返事する前に半ば押し付けるような感じで来島は去っていった。持っていた筆をおいて溜息を吐く。

あいつらのせいで、あいつらのせいでと呟きながら立ち上がり、廊下に出て物見所に向かう。

徐々に大きく聞こえてくる騒音にだんだんと苛立ちが大きくなり、あいつらのせいでと呟いてた声ももはや

呟きとは言えないくらいの音量で言っていた。

騒ぎの部屋の前へ着き、襖に手をかけ大きく息を吸う。

勢いよく襖を開けながら「ゴルァ、うるさいんじゃボケェ!!」と巻き舌根性で叫ぶと中にいたやつらは

一斉に静かになりの方を向いた。

中の状況はすごかった。真ん中で二人が襟首を掴みあっていれば、何故か刀に手をかけてる者もいて

それを必死に押さえる者もいる。

謹慎中に殺生沙汰なんて起こしたら長州藩も終わりである。

間一髪間に合ったとほっとすれば、真ん中にいたうちの一人が口を開く。



「何じゃ、か」


相手を放し胡坐をかいて座ったそいつは、置いてあった杯を持ち、中に入っていたものを飲み干す。

「おのしは学問より女を学んだほうがええの。そんなんじゃけぇ嫁の貰い手がないんじゃ」

固まっていた他のやつらが一斉に頷き始める。

怒って殴ってやろうかと思ったが、なんとか抑え拳をつくり強く握りながら言ってやる。

「残念だけど、私にも選ぶ権利があるの。私の周りにいる男が馬鹿杉みたいなやつしかいないから

独り者でいるんです」

馬鹿を強調させにっこり笑ってみせると、馬鹿杉もとい高杉は顔を顰める。

頑張れよ馬鹿杉、言い返す言葉もないか馬鹿杉など野次がとび、さらに不機嫌な表現をしながら

徳利から杯に酒をうつして再び呷る。


「とにかく、何でこんな騒ぎになったの?謹慎中だってこと忘れた?」

皆に目を向け言う。何故か目を下に向け口ごもる。



「実甫を切腹させようとしてただけじゃ」

「暢夫!」


お互いを字で呼び合った高杉と久坂は睨み合う。

一触即発しそうな雰囲気に皆は固唾を呑んだ。さすがにまずいと二人の間に入り止めたが

微妙な空気に気まずさを増す。


「確かに今回の作戦が失敗に終わったのは久坂のせいかもしれないけど、それで切腹させる

のはおかしいよ」


当初は長州の人だけで襲撃するはずだった。しかし、久坂がさらに同志を集めようと他藩の人に

声をかけたら、その計画に驚いた土佐藩の武市が藩主に告げ、幕府に通報されてしまったのだ。

よって襲撃は未遂に終わり謹慎処分を受けた。

皆が久坂を責めるのは分かる。だがこちらとしては久坂のおかげで未遂に終わったと思うしかない。


「いや、あ・・・最終的にはそういうことになったんですけどそうじゃないんです」

黙っていた品川弥二郎が口を開く。しかし、どうも歯切れが悪い。

「じゃあどうだって言うの?」

「・・・言わなくちゃ駄目ですか?」

「駄目」

弥二郎は困った表情をうかべ、皆を見る。誰一人として弥二郎と目を合わそうとせず、あきらめた

ように溜息を吐く。

「では、その前に一つ聞いても良いですか?」

「私に?何?」

「初恋の相手が周布さんって本当ですか?」


「・・・・・・・・・・・・・は?」


突然何を言い出すかとおもわず『は?』の口のまま呆然とする。

何で今そんなこと聞くんだろうか。

あまり答えたくないないようなだけに閉口してしまう。

しかし、弥二郎がじっと見てくるため答えないわけにもいかない。

仕方なく口を開く。


「周布さん・・・・・・ではない」


答えると皆が一斉に視線を向けてきた。それはもうバッという音が出そうな勢いで

向いてきたのではぎょっとする。

周布さんじゃないのか?周布さんって聞いたぞと周りが騒ぎ出し、収集がつかなくなる。

そんな中、ある人物の名を聞き取り目を向けて言う。


「聞多、あんたまさか皆に言いふらしてたの!?」


言っていることが違うじゃないか聞多、と責め立てられているのを見つつ言えば、反論してきた。

「だって前言ったじゃないか。初恋の相手は周布さんだ、って」

「記憶にないし、もし仮に言ったとしてもたぶんそれは面倒くさくて適当に言っただけだと思う」

聞多とは藩校である明倫館で会うことが多かった。その時に聞かれたのかもしれない。

恋の話はあまり好きではなかったのでなんとなく周布の名を挙げたのだろう。

「本当に周布さんじゃないんだな?」

「・・・確かに周布さんは好きだけど、憧れとか尊敬の目でしか見たことないです」

「じゃあ誰なんだ?」

「それは・・・・・って、今はそんなこと関係ないでしょ!あんたらが騒ぎ起こしていた理由

聞いてんの!」

一瞬忘れかけていた当初の目的を思い出す。

「それが関係あったりするんだな」

聞多は弥二郎を小突いた。結局私が言う羽目になるんですよね、と渋々話し出す。






久坂が自分のせいで計画が失敗してしまったため、責任を取り腹を切ると言い出したのが発端だ。

周囲が止める中、脇差を取り出したものだから一同立ち上がり久坂を止めに入った。

離せ、離してくれと暴れだすのを必死に押さえつけていたが、一人だけ悠々と酒を飲みながら

その様子を見ているものがいた。

高杉である。

高杉はしばらく様子を窺っていたが収まる様子のみせない騒ぎに、仕方なく口を挟む。

「皆、離しちゃれ」

「でも、高杉さん・・・」

「いいから離しちゃれ」

皆は、顔を見合わせ渋々離しもといた位置へ戻った。

開放された久坂は乱れた服を直し居住まいを正して落ちていた脇差を再び手に取ろうとする。

懲りない奴、と思いながら高杉は空になった徳利を床へ滑らせる。徳利は脇差を弾いた。

脇差を掴み損ねた久坂は睨んできたが、高杉は気にもせず杯に手をかけ言う。

「腹を切ってどうする」

杯の中の酒を飲みほし、新しい徳利から、空になった杯へ酒を注ぐ。

「死んだらそこで終わりじゃ。生きればその先がある。死んだら得ることのない人生がな」

久坂の方へ向き、己の腰帯から脇差を抜いて、久坂の方へ投げた。

久坂は両手で受け取る。


「お前が生きて変わる歴史もある。本当に今回のこと悪いと思っちょるのなら攘夷を

成し遂げろ。俺たちを手伝え」

「・・・・・・また何かするつもりか」

「俺はいつでも何かしているつもりじゃ」

ニヤリと笑ってみせる。


次にやることは決めていた。

今回が駄目なら次回頑張ればいい。しかも、今回よりも良い方法で。

今回失敗して謹慎を受けたことで作戦を考え直すことができた。もっと効果的な作戦を思いついたのだ。

それを実行するには、やはり長州の仲間、そして親友である久坂の力が必要だった。

どうする久坂と言わんばかりに力強い目線を送る。

久坂は手もとの脇差をじっと見つめいていた。



しばらくして久坂は立ち上がり床に落ちている己の脇差を拾って高杉の所へ近寄り目の前に立つ。

「・・・この国のために生きようと思う。尊王と攘夷と倒幕と、まだなすべきことがたくさんある。

今回のこと償うためにもお前たちの役に立ちたい」

「生きるんだな?」

「ああ。・・・だが今回の失敗と決意を忘れたくない。だからしばらくの間でいい。お前の脇差を

貸していてくれないか?また今日のようなことがあった時、これをみて戒めたいんだ」

刀は侍の魂だ。だからさすがに譲ってくれとは言いにくかったのだろう。

そういうところが堅物というか生真面目というか。

俺なら死のうとは考えないし、欲しいものなら刀だろうが何だろうが強引にでも貰うのに、と高杉

は思った。


「それ、久坂にやる」

「やるって・・・この刀をか?でも・・・」

「やるっちゅうたらやるんじゃ」

久坂は戸惑っているようだ。だから生真面目なんだと性格がまるで反対の双璧の相方を見上げ、

久坂の脇差に手を伸ばし奪い取った。

「かわりにこれ貰っちょこうかの。大小そろってないとさすがに形つかん」

腰帯に挿し酒に手をのばす。

お前も飲むか?と酒の入った徳利を突き出せば、久坂は高杉の脇差を腰帯に挿し両手で受け取った。

久坂の腰に落ち着いた己の脇差を見て満足そうに頷く。


「似合っちょる」

と、一言呟く。

久坂は照れを隠すように一気に酒を飲み干すと、静観していた周りの者たちが「照れちょる、照れ

ちょる」と、からかい始めた。


「まぁ、仕方ないよな?高杉が初恋の相手だしなぁ」

「なっ、ちがっ・・・!」

「ふーん、久坂が俺をねぇ・・・」

「だから違うって」

「私!私はですねぇ・・・」






「とまぁ、こんな感じに初恋の相手の告白大会が始まったわけですけど」

は弥二郎の話を聞きながら久坂を見た。

あきれた表情をしていたら久坂は、だから違う!と顔を赤らめつつ涙ぐみながら

主張してきたので苦笑いする。

「で、結局のところなんで喧嘩していたのか聞いてないんですけど?」

「ここからが面白いところなんです!まぁ、聞いてくださいよ」

何かもはや、どうでもよく思えてきたのはいけないことだろうかと、どっと疲れを感じながら

仕方なく続きを聞く。






初恋の話をしていて残りは高杉のみとなった。だが、いっこうに話そうとしないので、皆で女の名を

挙げ予想をし始めた。あいつかこいつかと挙げていくうちにの名が挙がった。

「ああ、あいつに恋しても無駄だぜ?あいつは年上が好みだしな」

聞多が笑いながら話すと、周りが食いついてきた。

「何?自分が好きだとでも言いたいのか?」

「可能性はあるか・・・な。でももっと年上だ」

「来島さんとか?」

「あんな爺好きになるかよ。もう少し年のつり合い考えろ。周布だよ、周布!」

「周布さんも十分つり合い取れてねぇよ!」

つっこみを浴びつつも気にせず話を続ける。

「昔本人から聞いたから間違いないって。俺も初めびっくりしたけど、物分かりがある年上の方が

安心するって」

「でも、そう考えると納得かもしれないなぁ。あいつ桂さんとここへ来たんだろ?条件に十分あってる

んじゃないか?」

「今は桂さん狙いってことですか?・・・変わり者ですね。前から思ってたんですけど」

に関しては本当昔からよく分からないんだよな。俺なんか年上なのにため口で『ゴルァ聞多!!』

って怒られんだぞ?一日正座させられたときはきつかったなぁ」

聞多が思い出に浸ってる中、周りの皆はこいつ弱っ!と心の中でつっこみを入れていた。



一方、この話に不愉快な感情を抱いている者がいた。久坂と高杉である。

実を言えば、二人とも初恋の相手がだったりする。

だからこそ、の悪口とか、のことを知ったがぶられるのは良い気はしない。


この話をやめさせようかと思った。しかし急にあることを思い出し、二人はある人物をみつめた。

双璧の相手である。

久坂と高杉は目を合わせた。

皆の会話が切れる瞬間を狙い、高杉が口を開く。

「今でも好きか?久坂」

「手に入れることはあきらめたけど、好きな気持ちはあきらめてない」


お互い昔、のことで衝突することが多々あった。今回初恋のの話題のせいで昔の記憶が

まざまざとよみがえった。

「往生際が悪いのう。さっさとあきらめろ。そして俺がを貰う」

高杉が徳利に手を伸ばそうとすると、久坂はその徳利を上から手で押さえた。

高杉は久坂を睨む。


「お前みたいに酒癖が悪く、妻がいながらおうのさんを落籍するような奴には渡せない!」

「何故久坂にんなこと言われなくてはならん。はお前のものじゃねぇ!」

「高杉のものでもない!」

「じゃから、これからものにしようとしょちょるんじゃ」

「じゃけぇは渡さんと言っちょる!」

熱くなり、久坂も方言が漏れる。

周りは突然始まった口喧嘩に何事かと思う。


「あ、あの、久坂?お前の初恋の相手は高杉なんじゃ・・・」

恐る恐る声をかける聞多に久坂は怒声をあげる。

「じゃから違う言うてる。そもそもお前は志道なのか井上なのかはっきりしろ!阿呆」

「阿・・・呆」

まさかとばっちりを受けるとは思わなく、さらに初めて久坂に怒られたこともあり聞多は『俺は

阿呆なのか?』と、自問自答していた。



そんな中、二人の喧嘩は頂点を迎えつつあった。



「分からず屋が。やっぱ腹を切れ!」

「切らん!僕は生きる。しぶとく生きちゃるわ!」

「いっそ死ね!俺が介錯しちゃろう」

「分からず屋はどっちじゃ!僕は死なん言うちょる!」

二人が襟首を掴み立ち上がった。反対の手は拳を作り、今にも殴りかかりそうである。


皆が唖然としている中、聞多は久坂に怒られたことにだんだん怒りがこみ上がってきていた。

そもそも何故俺がとばっちり受けなくてはならないのか。怒られたのもこいつらが喧嘩を始めた

せいじゃないか。

聞多はそう思うと腰の刀に手をかけ俺が介錯してやると言わんばかりの勢いで立ち上がろうとした。



その時ーーーーーーー


「ゴルァ!うるさいんじゃボケェ!!」






「ってわけなんですよ」

はこめかみを押さえながら溜息を吐いた。

喧嘩の理由が理由なだけに、怒る気力もなくなった。

「うん、分かった。何かもう分かったから。あと数日間は大人しくしていて。聞多、何かまた騒ぎ

起こしたらあんたの責任ね」

背を向けながら言うと聞多が反論してきた。

は振り返らず答える。

「あんたそれでも年上でしょ!世の中は年上が責任取るって決まってんの。以上!」

襖に手をかけ勢いよく開けた。とにかくこの部屋から早く去らないと、と思った。

何か嫌な予感がする。こういうことは昔からよく当たる。

振り向かず行くんだと部屋から出て後ろに手をのばし襖を閉めようとした。


しかし、力を入れても襖が閉まらない。

まさかと思い、ゆっくり振り向く。そこには襖に手をかけた高杉が立っていた。


嫌な予感はよく当たる。


高杉は何も言わずの腕を掴むと勢いよくこの部屋を出て引っ張っていく。離してと言っても

止まれと言っても聞いてくれない。


誰かこの暴れ牛を何とかしてください。

神に言ったところでどうにもならない。

今自分にできることは止まってくれるまで待つしかない。高杉の背を見ながら止まれと念を送る。


すると、突然止まり横の襖を開けて中へ連れ込まれた。

襖を閉めるとやっと開放されこちらを見てきた。


「何も言わず去るとはええ度胸じゃの」

高杉は目を据わらせ口を開いた。酒の飲みすぎか怒ってるのか分からない。

も色々言おうと思った。謹慎中の身にも拘らず、酒は飲む、帯刀している、喧嘩する、部屋から

出てしまう、もうやりたい放題だ。

しかし相手は高杉だ。言って聞く相手ではない。

怒るのはやめてさっさと話を聞き部屋へ戻すことが大切だ。こんなところ誰かに見られたら、後で怒られる

のは自分である。


は咳を一つし言う。



「ごめんね。少し急ぎの用事思い出して。言うことがあるなら簡潔にお願い」


「・・・・・二つ用がある。一つは周布さんのこと。土佐の奴らに目を向けとけ。世子が言いくるめたとは

いえ、いつ命を狙ってくるとも限らん」

「あ・・・・・はい。分かりました」


何を言い出すかと思えば、意外に真面目なことだったので脱力した身体を緊張させた。

普段は方言を多々使う高杉が訛らず言ったため、無理もない。しかもよくよく見てみれば、据わっていた目が

力のある目に変わっていた。

早く部屋へ戻さないと厄介だと思っていた自分が恥ずかしい。


「しかし、当分の間は周布さん大人しくしていると思いますよ?あんなことを起こしたのに出歩くとは

考えられない」

「あんなことを起こす奴だからこそ出歩く可能性があるんじゃないか。でなければ最初からやっかいなことは

起こさないだろ」

確かに、とは苦笑いした。


先程から話しているあのこととは、周布が土佐藩士に藩主容堂の悪口を言って反感を買ってしまったという

件だ。土佐藩の人が周布を渡せと要求してきたが、高杉の機転により大事にならずすんだ。


「あと一つだが、これは相当大切なことだ」

「何ですか?」

高杉が近寄ってきた。それほど密事かとさらに緊張させる。

「目を閉じろ」

「目?何故?」

いいからと手が伸びてきて目隠しされた。

「あの、これ大切なこと・・・ですか?」

「俺にとっては大切なことじゃ」

「ことじゃ・・・・・って、まさかっ」



そのまさかだった。


口が塞がれ生温かい感触が広がる。

目を見開いても闇しか広がっていない。

せめてもの抵抗として手で高杉を押し返そうとしたが、高杉が空いている方の腕を背中に回してきて

引き寄せられたため手の自由が利かなくなった。

の唇を味わうかのように何度も何度も角度を変え口を吸われる。

苦しくて、酸素を求め口をあければそこから舌が侵入してきて舌が絡めとられる。

「んっ・・・・ん・・あ、はっ」

体に力が入らなくなり、なんとか立つため高杉の服にしがみ付く。


しばらくしてやっと目を覆っていた手を離し、唇もゆっくりと離されるとは涙を浮かべながら

高杉の顔を見つめた。

「ばかぁ・・・」

高杉の胸に顔を埋めた。

「なんじゃ、そげん苦しかったのかよ」

笑いながら頭を撫でられ、少しむっとしたが力が入らないため反抗できない。

「計画犯」

「策士と言え」

真面目な話をし、さらに普通の言葉を使用してきたからすっかり油断してしまっていた。

高杉はまさにその油断を狙っていたのだ。


「今ならが言っちょったことがわかる」

「言ってたこと?」

「一生独り身でおるってやつじゃ。縛り付けられんのは嫌っちゅーことだろ?」

「・・・うん」

昔、高杉と久坂に言い寄られた時、一生独り身でいると言い断ったことがある。

二人が嫌とか言うわけではなく、本当にそう思っていたのだ。


自由が欲しかった。

婚約し、妻となり、家で夫の無事と帰りを待つ。

そのような人生はつまらないし辛いだけだ。

外に出たかった。

この国を見たかった。

「吉田松陰に会いたかった」

服から顔を離し言った。

「昔から何をやっても虎次郎以来の逸材だと言われ続けた。一度だってそれ以上と言われたことなかった。

明倫館に通うようになっても変わらず松陰、虎次郎、先生という言葉が出てきてやはり勝つことができな

かった。勝ちたいって思った」

握っていた服をさらに強く握り締め話を続ける。

「自分がしたいと思ったこと全部あの人が先にやっちゃうから敵対意識してた。そんな敵の許へあんたは行った」

顔を上げ笑いかけた。高杉は気まずいと顔を斜め上に上げ人差し指で頬をかく。

「明倫館に来ないで松下村塾に入りびたり。吉田松陰に取られた。初恋の相手を取られた」

「初恋の相手って・・・」

「あんたに決まってるでしょ、馬鹿!」

驚いて見てくる高杉を睨んだ。

「来たら来たで吉田松陰の話ばっか。だから決めた。吉田松陰に勝つまで独り身でいる。自由にやらせて

もらうって。あんたに告白されようが知ったこっちゃない」

「だが松陰先生はもうおらん」

「そう、勝ち逃げされた」


は高杉のもとから離れ、近くにあった机の中をあさった。途中で気づいたが、ここは自分の部屋だった。

目的の物を見つけると高杉に渡した。

「なんじゃ、これ?」

「勝ち逃げするのが許せなくて死ぬ前に手紙書いたの。その返事」

「松陰先生の手紙・・・・」

高杉は手紙を広げ読み始めた。














前略


文の方読ませていただきました。

貴方は私に勝ちたいとの事ですが、私の方が貴方に勝ちたいと思っておりました。

勝ちたい、とは少し違うんでしょうか。羨ましいの方が近いのかもしれません。

高杉君や久坂君から貴方の話をよく聞かされていました。それはもう嫉妬してしま

うくらいに。しかしそれ以上に、私は貴方に会ってみたいと思っていました。お互

いに目指しているものが同じで考え方も同じ。ということは気が合うってことだと

思うのです。会ってお話したらどれほど楽しいだろうと。

貴方は目を閉じて何が見えますか?

闇ですか?それとも光ですか?

私は何も見えない。見ようとしない。目を閉じると耳に集中してしまう。

貴方もそうなのではありませんか?一つのものを正面からじっと見つめることも

大切ですが、別の視点から見ればまた違う発見がある。

この国もまた同じ。正面から見ただけでは駄目です。別の視点から見て初めて見え

てくるものがある。それが、私の場合この結果です。しかし、私の行ってきたこと

間違っていたとは思っておりません。間違っているのはこの国です。だから、まだ

死ぬことはできない。死んでも死にきれない。

現実は分かっています。この身は滅びることでしょう。だから、貴方にお願いがご

ざいます。やりたいことがあれば行動に移してください。藩のことは気にせず外へ

出てください。貴方ならきっと私がしたことと同じ事をしたいと思ったことがある

はずです。私がそうなのですから。貴方がこれから行うことが、私が行う予定だっ

たものなのですから。これが私の願いです。

そしてもう一つ、気になることがございます。それは、松下村塾の子達です。あの

子達は私の意志を継ぐかもしれない。しかし若さゆえ暴走してしまうかもしれない。

あの子達が私のような状況にならないよう見守っていてくれませんか?我が侭を言

っているのは分かっています。ですが、これだけは譲れない。

私と同じ想いをさせてはいけない。どうかあの子達のこと、宜しくお願いいたしま

す。                    
                         吉田松陰











高杉は無言で手紙を返してきた。

「吉田松陰は最後までこの国と他人の命を一番に考えていた。・・・・・勝ちに拘り続けていた自分が

なさけなくて。あぁ、私は吉田松陰が嫌いってわけじゃないんだ。ずっと、ずっと憧れていたんだって。

だからもうまよわない。今度こそ決めた。意志を継ごうと」

「で、江戸に出たのか・・・」

「出たまではよかったんだけど何したらいいのかわからなくてね。気持ちばかりが先走っちゃう。

・・・ねぇ、高杉。私も一緒に連れて行ってくれないかな」

「本気で言うちょるのか?」

「本気だよ」

力強い目線で高杉を見る。高杉も同じように見てくる。

しばらく見つめ合っていたが、急に高杉は目を離し背を向けた。

「・・・おのしは連れていけん」

「っ何で!」

駄目と言われるとは思っていなかったので驚く。

「それはおのしの意思じゃないから。やることがわからず、俺達と合わせる。それで松陰先生が喜ぶ

と思っちょるのか?」

「誰が合わせると言った。連れて行けと言ったの。一人じゃできないこと思いついたの。あんた達の

力が必要なんだよ」

「・・・何をするつもりじゃ」

「イギリス公使館を占領しようかと思ってる」

今度は高杉が驚いて振り返る。

「でもこれは表向きで、本当にやりたいことは幕府との交渉。このことでイギリス側はとんでもない

要求をつき付けて来るはず。そこを狙う」

幕府は私達の要求を呑むかイギリスの要求を呑むかどちらか二択だ。どちらに転んでもよいと思っている。

イギリスに従えば朝廷の力を借り、幕府を陥れられる。


「占領したところで幕府に潰されるのが目に見えちょる。もう少し頭をひねろ」

「じゃあ、あんたはどうするつもりなのさ!」

少し怒りながら言った。高杉はニヤリと笑って答える。

「占領じゃねえ。燃やすんだ。その場から消滅させる」

「・・・・・・本気で言ってんの?」

「本気じゃ」

は高杉の目を凝視した。どうやら本気らしい。

「何かさっきと同じことしちょるのう」

「そういえば」

二人は目を合わせ笑い出す。

「仕方ないのう。、おのしも連れて行っちゃろう」

手を差し出し言ってきた。

この手を掴んだらついに始まる。本当の戦いが。

は息を呑み手を掴んだ。

「お願いします」

「まぁ、何があってもは守っちゃるけぇ。心配するな」

「・・・馬鹿杉のくせにかっこいいこと言わないでよ」

手に力をいれゴリっとやってやる。

「痛っ!なんじゃ、惚れたのか?」

と、高杉も力をいれゴリっとやる。

「さあ、どうでしょうね、っと」

二人は手を強く握り合いゴリゴリやっていると、突然襖が開かれた。


。先程はすまなか・・・・・って何をしておる、おまえら」

そこに立っていたのは来島さんで、呆然としていた。

「なんで高杉がいるんじゃ。お前は謹慎中だろ」

「いや、あの・・・・・ゴリゴリ合戦を・・・」

「意味わからないこと言ってないでさっさと物見所へ戻れ!」

半ば呆れた表情で言うと高杉は頭をかきながら戻っていく。

も一息吐き座ろうとした。

、お前もお前じゃ。頼まれたこともできないとは。よって三日間自室謹慎!」

「はあ?何それ!」

「何それはこっちの台詞じゃ。いるはずもない高杉がこの部屋にいたのだからなぁ。しっかり

反省しろ」

勢いよく言って部屋から出て行く来島さんを睨みつつやはり嫌なことはよく当たるとあらためて

思った。




                      

                          完






あとがき

久しぶりの小説&長州人!長州小力もビックリですね(お前の発言がビックリだ!)
読んで分かるように途中まで誰相手にしようか決まってない感プンプンです。戸に手をかけたのは高杉だったんで
流れ的に高杉かなと決めた(適当かよ!)ぶっちゃけ高×久でもよかったんですがね(爆)
ここまで長い話になると何の話書いてたかわからなくなっちまいました。読んでくださった方はさらに
わからないかもしれない。もういっぱいいっぱいです(笑)
ひとつ補足ですが最初の文に遊学を理由に逃げてきたとありますが、何をするにもとにかく
江戸に出ないと始まらないということであんな表現になってしまいましたが矛盾してるわけではなく表現不足です(爆)
表向きの気持ちとでも言えばいいんですかね(言い訳満載!)
何はともあれ、念願の松陰先生が書けただけでもよしとします!それにしてもこの事件での謹慎期間短すぎる(笑)
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