秘密









冷たい。
どうしてこんなに冷たいのだろう。

温もりが感じられない『それ』を抱きしめた。
駄目だ、駄目だ。
お願い、助けて。

悲鳴のような叫びを上げる。
助けて、助けて。
誰か。












「何してんだ」
空に向けていた目線を声のした方へ向けた。
「…聞多」
声の人物、志道聞多に無表情でなんでもないよと答えた。
「なんでもないって、なんでもない顔か?」
聞多は近づいての横に座った。
夜遊びをした帰りなのだろう、ほのかに酒の香りが漂っていた。
「いつもだったら『ゴルァ聞多!また夜遊びか!』ぐらいの切り返しがあるはずなのに、俯いたまま
の暗い表情。しおらしいお前なんてお前らしくもない」
「う…ん……、ごめん…」
「ごめん、って…」
悪かったわね、普段は図々しく可愛くない女で!、との反言を受けると思っていたので
いつもの明るく、勢いのある声が返ってこない状態に、聞多は閉口してしまった。



温度さえなければそれほど気にはならなかっただろう。
でも、それは確かに冷たかった。
何度も、何度もそれを繰り返しては冷たさを感じ、叫んでいた。

起きると頬には涙が伝っている。服を強く掴んでいたのか、手は真っ白で冷えきっている。
そのような状況がここ数日続いていた。

誰かに相談したい。でも、手を伸ばしたその相手がもし冷たかったら、体温が感じられなかったら
と思うと恐くて相談ができなかった。



聞多が心配そうに顔を見ている。
その目をは見ることができず顔を背けた。
あれを見た後に本人を目にするのは辛過ぎる。
「ごめん」
は一言あやまりその場から立ち去ろうとした。
「っ…おい、!」
突然立ち上がり背を向けたので聞多は慌てて手を伸ばす。

手と手が触れた瞬間、
「触らないでっ!」
と手を引っ込め声を上げた。聞多は目を見開き驚いている。手が上がったまま動きが止まっていた。
「ごめん、でも本当触らないで。日が出る頃までには元に戻るようにするから」
「元に、戻る…?」
聞多は宙に伸ばしていた手を勢いよく下ろし床を叩いた。
「元とはどれを指す。普段のあの怒りっぽいけど明るいお前か?今のお前は偽者ということか。
その不安定な心は偽りだとでも言うのか」
「いつ、わり…」
「何があったか知らないけど、たまには頼ることも知れ!」
聞多が自分を叱るのは初めてだった。たまに怒り出す姿を見るのだがに向かって怒ることは
なかった。『お前に怒ったら反撃喰らうだろう?触らぬ神に祟りなしだ』が聞多の言い分である。

は聞多の意外な言動に何度目かわからない「ごめん」を呟いた。

偽りではない。この心は偽りではない。
でも、その苦しみから逃れるには今の心を偽りとし、明るく振舞う姿を真とするしかなかった。
そうしなければ、あの光景に耐えられない。

耐えなくてはいけない。耐えていればあの光景は夢でしかないのだから。




でも、






「……い………、つらい」

甘えたい。

「助けて……」
目から涙がこぼれた。



死をみた。

何度も何度も同じ夢を、死の夢を。

それは仲間が死ぬ夢で、高杉だったり久坂だったり桂さんだったり……


今回は聞多だった。

駆けつけるとそれは横たわっていた。

抱きしめると手には血の感触が広がった。

身体は辛うじて温かい。でも、その体温も徐々に下がっていく。

その命を助けたくて助けを求める。声を上げ誰かこの命を救ってと。


でも、誰も助けに現れなかった。

冷たくなったその身体を抱きしめたまま涙を流す。


そんな夢をここ数日続けてみていた。


「もう、嫌…」

聞多にすべてを話し終え涙を手で拭った。もう泣くのもたくさんだった。

の話に静かに耳を傾けていた聞多は、ふっと笑った。


「アホかお前は」
「なっ…」
「夢と現実を一緒にするな」
「……なに、それ」
笑っている聞多の表情を見て怒りが爆発した。
「あんたは見てないからわからない!夢だといっても感触はある、色もある、現実と一緒なの!
あんなに恐いものはない。正夢になるかもしれない。そんなに楽観的に捉えられるものじゃない!」
馬鹿にしているのか。は殴りたい衝動に襲われた。
しかし聞多の表情は変わらず、いよいよ胸元を取って掴み、頬を叩く寸前まできた。
「だったら触ってみればいいじゃないか」
の手が止まる。
「その夢の俺は冷たかったんだろ?でも今の俺は夢じゃない。現実だ」
夢の俺と一緒にされてたまるか!と手をの前に突き出す。

戸惑った。
この手は温かいだろう。しかし、夢を思い出すともしも、を考えてしまう。
は掴んでいた服を放し、両手でその手に触れようとした。
が、思っていた通り寸前で手が止まってしまう。

「おまえなぁ……」
「だ、だって仕方ないじゃない!頭ではわかっていても手が動かなくなっちゃうのっ」
溜息を吐く聞多に主張する。
落ち着くため、3度ほど深呼吸を繰り返し手を胸にあてる。
よし、いける。そうして伸ばした手も同じように寸前で止まる。
あぁ、もう…と癇癪を起こしそうになっている当の本人とは裏腹に、聞多は痺れを切らすことなく
手を出し続けてくれていた。
何も言わずに待ち続けてくれる。そういうところが優しいのだと、あらためて感じた。

は膝をつき、目の前にきた聞多の指先を思い切って軽く摘んだ。いまいち温かさがわからず、少しずつ手を
伸ばし手を握ってみた。
「…ぬるい」
その大きな手は、温かいわけでなく、されど冷たいわけでもなく、どう判断したらよいものか。
よく考えてみれば、自分の手が同じ温度だからぬるく感じるわけなのだが、その時のにはそこまで
考えが及ぶほど余裕はなかった。
「ぬるいって…触った第一声がそれか?」
「だって、温かいもの想像するでしょう。普通」
握っていた手に力をこめる。少しでも、温もりを求めて。生きていることをこの手で感じるため。

「温かい、かなぁ…」
首をかしげながら手を緩め、擦ってみる。

「ははっ…」
聞多はくつくつ笑いだした。
「あ、ごめん。くすぐったかった?」
慌てて手を離すと、違う違うと首を振ってくる。
「あまりにも必死だったからさ……可愛いなぁと思っただけ」
手が伸びてきて、頬に触れた。


温かい。


照れた頬でもわかる。その手は確かに温かかった。
はその手に重ねるように自分の手を添えた。

「生きてるん、だね」
「当たり前だろ」
「本当の本当に、生きてるんだよね?」
「ここまでしてるのにまだ信じられないのか?」

ううん、と首を横に振った。
信じられる。でも、確認せずにはいられない。
だって、確認することで今まで見てきた悪夢が弾き飛ばせるような気がするから。

「知ってるか?」
何を、と言った瞬間、重ねていた手を掴まれ引き寄せられた。体勢を崩したのからだはすっぽり
聞多の中に埋まる。
「生きている人しか抱き返すことができないって。不安になったらいつでも抱きしめればいい。
俺はいつでも抱き返してやる」

夢の中の人は抱きしめても決して抱き返してはくれなかった。それどころか動こうともせずただそこにいる
物体となっていた。

今目の前にいる人は抱きしめてくれる。抱き返してくれる。
心から何かがスーッと消えていく。ホッとした途端、涙が溢れ出した。
は身体に伝わる体温を感じながらありがとう、と呟いた。




            完

あとがき

ある台詞がファ●ブの台詞と丸々かぶっていることに気づき、ちょっと変えてみたらしっくりこない(汗)
…書き直したい(うpしながら書き直したいって)本主人公は初恋の主人公と同じ方になります。あっちの聞多は
結構可哀そうな扱いをしていたのでこっちではなるべく頼りがいのある男を目指しました。
そういえば題が秘密ですが正直題完璧無視です。神の領域入りました(?)
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