嫉妬


















こういう職業上その手の話は早い。

ここ、遠く離れた江戸にも既に情報は届いていた。

最初は単なる噂だろうと思っていたのだが、江戸に来ているらしいその人物は、普段ならすぐここにやってくる

はずなのに何日経ってもやってこないものだからいよいよ噂は本物だと思った。



そんなこんなで数日後、噂の人物、志道聞多からの御指名が入ったので困り果てた。






「嫌です」

「嫌ですってあんた、これは仕事なのよ?断る権利なんてないのよ」

「それでも嫌なものは嫌なんです。他の客のところに行ってるって言って断ってきてください」

外方を向き断然拒否を示した。後ろで溜息をしているのが聞こえる。

「いちいち噂を真に受けてたらこの世界やっていけないわよ?」

「っ、それとこれとは関係ありません!とにかくあの男が嫌なんで・・・」






「随分俺も嫌われたものだなぁ。俺、何か嫌われるようなことしたか?」






聞き覚えのある声が後ろからして体が硬直する。

後ろでは慌てて弁解をし謝っているようだが、男は笑いながら二つ返事で許すことにしたようだ。










気づくと、この部屋には二人っきり。


沈黙が続く上、背中に痛いほどの視線を感じ振り向くことすら出来ない。






やがて男は私の前に回り込み胡坐をかいて座った。


「お前芸妓失格だぞ?客を楽しませるのが仕事だろ。俺は今つまらないぞ」

だったら他の芸妓のところへ行け、と言いたいところを何とか抑え、姿勢を正し言う。

「それは申し訳ございません、志道様。今すぐ他の芸子や酒をお持ちいたします」

「わざとらしい。『志道様』なんて始めて聞いたわ」

「なら他へ行けばいいでしょ!私は嫌だと言いました!」


男に背を向けた。






辛かった。


こんなこと言いたくないのに、ここに来てくれて本当は嬉しかったのに、

あの噂のせいでどう接したら良いのかわからないのだ。

凄くモヤモヤ感があって、こんな良くわからない気持ちのままこの男には会えないと思った。

だから拒んだのに、普通に上がりこんできて楽しませろとは少し無神経ではなかろうか。







「そういえば、さっき噂がどうとか言っていたが」

「噂は関係ありません」

「誰も噂が関係あるかって聞いてないぞ。何墓穴掘ってんだ」

「あんた、仕掛けた・・・」

「なんだ、本当に関係あるんだ。墓穴って言葉出したら肯定するかなと思ったけど、

ふ〜ん、噂ねぇ・・・」


やってしまった。最初の『噂がどうとか』の時点では、聞多はまだ推測の域を

でていなかったらしい。なんとなく出した『墓穴』の言葉にみごと墓穴を掘ってしまった。

自分に泣けてきた。


「で、噂ってなんだ?」

「・・・・・・・」

「ここまできたら言うよな?」

確かにここまできたら、自分が言わなくたって誰かから聞き出すだろう。

状況が変わるわけでもないので話すことにした。

「馬関の方で芸妓を身請けしたっていう・・・」

「ん?あ〜ぁ、おうののことか」

「じゃあ、噂は本当なのですか?」

「本当だな」



微かな期待はあった。だがこの一言により一瞬にして消えてしまった。


自分の中にあったモヤモヤ感が喪失感に変わっていく。






目から涙が溢れてとまらない。






「本当に大変だっ・・・ってお前泣いてんのか!?」

声に出したつもりはない、顔を見せているわけでもないが、何故か気づかれてしまった。

聞多は立ち上がり再び周り込み、私の前へ座った。

服の袖で不器用に涙を拭き取りながら言う。

さぁ、勘違いしてるかも知れないから言うけど、落籍したのは高杉だよ?」

「・・・・・・え?」

「俺はあいつに頼まれて金出してやったにすぎない」

「・・・・・・・・」


大変な勘違いをしていたらしい。何も言えず涙も止まってしまった。





気づくと喪失感もモヤモヤ感もなくなっていた。









「おまえ、まさか焼餅やいていたのか?」





「そ、そんなこと・・・ない」

否定しつつも、心の中ではもしかしたらそうかもしれないと肯定していた。

そう考えればこの心の蟠りも納得できる。

肯定してしまうと、急に恥ずかしくなり、顔が熱くなった。

って表に出やすいのな」

「お、女の嫉妬なんて醜いだけだし」

「俺は、が俺のことで嫉妬してくれるのはとても嬉しいけど?」


本日初めて目を合わせると、聞多はにっこり笑い手をのばしてきた。

頬を包まれさらに私の体温は上昇する。


「本当に表情に出やすいなぁ。何かこの先期待してるだろ」

「・・・・・・してません」


溜息をつき目線を逸らす。からかわれていることがわかり、何か高ぶった感情も

しぼみ興ざめする。


「まぁ、そのうち俺が落籍してやるからしっかり売れ残ってろよ?」

「はやくしないと売れちゃいますからね。私もこれで人気あるんですから」

「おまえを他の男に落とさせはしねぇよ」

急に真面目な表情をし、いつもの通り、布団に引きこまれる。

聞多もまた見えない架空の男に嫉妬をする人物の一人であるらしい。

は微笑みながら受けこたえていた。




                    完


あとがき
キマシタ聞多。井上聞多が一般的名前ですね。一応この時は志道なんでご了承下さい(何を?
ってか趣味に走りましたね自分。聞多夢書く人いるのかなぁ(はい!聞多ファンに失礼です!
馬関(今でいう下関)であってんのかわからんです。自分の小説なんてこんなもんですよ(爆)
あと、方言めんどいから標準語にしたわけではないのでそこんとこよろしくです。
めんどいって気持ちもなくはないけどね(爆)
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