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喚声と地響きで我にかえる。

甘寧が先頭に立ち、前に立ちはだかる兵に突撃していった。おそらく調練をしているのであろう。

相手兵の後方に周泰の姿が見える。

はぼんやりとその様子を見ていた。

ふと振り返ると高台から数騎こちらに近づいてきた。

、こんな所に来るなんて珍しいな」

「孫権様」

近づいてきたのは孫権であった。の主であり、呉国の主でもある。

「見ていっても良いがその服だと今の時期冷えるだろう?今日のところは戻ろうか、

は声に出さずに頷く。

「どうした、いつもの元気がないではないか」

心配そうに見つめてきたので、目頭が熱くなる。

どうして分かってしまうのであろう。隠せる自信もあるし、今の今まで隠したいことは誰にも知られたことがない。

孫権を除いては・・・・・

「孫権様は優しいのですね」

「呂蒙は優しくないのか?」

呂蒙の名が出てくるとは思わなかった。心の奥底まで読まれているように感じる。

ここで黙っていてはまたさらに心を読まれるだろうが、あえて黙っていた。読まれようが読まれまいが、今の

にとっては、どちらでもよかった。

そんなの悲しみを感じたのか、孫権も何も言わず馬に乗るよう促した。















帰り途中、一騎こちらに向かって走ってきた。孫権の前まで来ると馬から降り、会釈した。

「久しぶりだな、陸遜」

今最も会いたくない人物の一人であった。

「覚えていてくださったのですか」

「赤壁の戦い以前からよく周瑜に聞かされていたものだ。期待できる人物だと」

「私如きに勿体無いお言葉。ご期待に答えられるよう日々精進致します」

孫権は頷いた。

「ところでなに用で私の元へ参った」

殿を迎えに」

思わず孫権の服を強く掴んだ。孫権と目が合い首を横に振る。

「では、頼もうか」

「孫権様!」

孫権は大声をあげるに小声で言った。

「いずれ話し会わなくてはならないのだろう?早いか遅いかの違いだけではないか」

の中では大違いだった。『だけ』という言葉では片付けられない。とにかく今は会いたくないのだ。

しかし、その前に陸遜の迎えがの悩みと結び付くとどうして分かったのだろうか。

やはり心の奥底まで読まれているのだろうか。

孫権が勧めるので仕方なく陸遜の馬へと乗った。






















「しっかり掴まっていてくれませんと落馬しますよ?」

いっこうに掴まってくれないので馬を動かせずにいた。

孫権はというと、を預けた後、再び高台に戻っていった。

「掴まってくれないと、先へ進めないのですが」

何を言っても聞いてくれないので、一度馬を降りの後ろへと乗った。

「ちょ、ちょっとりくそ・・・」

「先へ進めませんから」

の申し出を遮り笑顔で答えた。











数里進めたが沈黙が続いていた。から何か言われるかと黙っていたが、何も言わなかったので

陸遜から切り出した。

「すみませんでした」

「許さない」

間入れずに返答され、おもわず苦笑いした。

「一生ですか?」

は、眉一つ動かずずっと前を見ていた。完璧無視を決めこんだらしい。

きっと何を言ったも無駄だろう。たが、陸遜は語りだした。

「縁談がありました」

やはりは微動だにしない。陸遜は遠くを見つづけた。

「一応陸家の当主なので。早く後継ぎでもほしんでしょうね。一族中にあおられて。でも私は・・・・・」

思わず言葉がつまる。

言ってしまいそうになった。

言ってはいけないことを。

言ってしまったら、軽蔑されるか批難されるか、どちらにしろ良い結果にはならないだろう。今はそれより会話が

とれる方向へと話を進めるべきだった。

「相手の方にもお会いしたのですが、丁重にお断りさせていただきました。そしたら周りの皆に責め立てられ

何とかしないとと思いとっさに言ってしまったんです。私には将来を誓い合った人がいます、と」

「・・・・・いるのですか?」

今まで黙っていたが振りかえらずに聞いた。

「気になりますか?」

「別に」

特に表情を変えた様子もなく答えた。

「ま、いませんけどね。いたらこんないざこざにはならなかった」

「『こんな』?『あんな』ではなく?」

どうやら気づいたようだ。普通の人ならこの言葉を理解しないまま終わっていたことであろう。

孫権が最近を重要視している理由が何となく分かった。

「利用しようと思ったのですよ。この状況を逆に」

陸遜は馬から降りの前に立って見上げた。

目を逸らされるかと思ったが、もじっと目を見てきた。どうやら真剣に話を聞いてくれるようだ。

「私に誓い合った人などいない。なら誰かに演じてもらえばいい。その役目を殿におってもらおうと

思ったのです」

は陸遜に何か言おうとしたが手で制した。話はまだ途中である。

「正直に言って手伝ってもらおうとも思いました。ですが、殿が私に心を開きはじめたと感じました。

ならこのまま利用しようかと考えたのです」

殺意を感じた。睨みつけられている。

当然の反応だった。

でも気にせず話を続けた。

「今日はどっちの案にしようか最終確認しようと思ったのですよ。貴方がどちらの呂蒙殿が好きなのかをね。

貴方は私が良いと言った。昔の呂蒙殿ではなく私を選んだ。だから利用の道を選ぶことにした」

しかし未遂のまま終わってしまいましたけどね、と苦笑いしながら言うとは目を離した。

やはりと思った。このような反応をみただけで今日は大収穫である。

この後帰り道お互い何も話さなかった。話さなければならないことがあるはずである。も先ほど何か

言いかけたが陸遜が制して話していない。今なら制すことはしない。しかし、何も言わなかった。

会話がないまま城へと着いた。

陸遜はをおろし馬屋へと行こうとした。しかしこの場から立ち去ることはできなかった。

「あの、他に何か御用ですか?」

陸遜の軍服の裾を掴んだまま押し黙るに言った。しばらく俯いたままでいたので思わず首を傾げる。

「な・・・ぜ・・・・・」

「はい?」

「あのようなことをしたのは何故ですか」

言われ、始めどのことを言っているのか分からなかったが、赤らむの顔を見て察した。

「したく・・・なったからですよ」

激しい音が響いた。陸遜は熱を帯びた場所に手をあてた。

「気がすみましたか」

「そのような不純な動悸で許されると思っているのですか!」

「責任は取ります」

は驚いた顔をした。予想外の返答だったのだろう。

「どうする気ですか」

怒りに震えながら問われた。

「私の行った行為およびこの一週間貴方を騙してきたこと。いくら命令だったとはいえ、けして許されること

ではありません。友人ならなおさらだ」

大きく息を吸い込み続けた。

「なら、ここに脱友人宣言をし、改めて交際を申しこみます」

「・・・・・・・・・・は?」

は呆けていた。

何を言っているのか分からない様子だった。

「私達が恋人同士なら何の問題もないですし、殿、私のこと好きなんですよね?」

陸遜がうすら笑みを浮べを見ると、更にふるふる拳を握りしめキッと睨みつけたかと思うと、

また平手打ちをくらわされた。

先ほどと同じ場所にまた痛みが走りおもわず声を漏らしたが、表情は変えずにを見つづけた。

「あなたがそんな人だとは思わなかった」

怒りをあらわにしながらはドスドスとその場を去っていった。

殿」

呼び止めようとしたが、立ち止まらなかった。

「最後に一つ言わせてください」

陸遜は真剣な顔になり言った。

「人を信用しないでください」

足を止めた。

「けして、私たちを信用した殿が悪いと言っているのではない。人を疑うことは簡単ですが、

信じることは難しいといいます。ですから、殿の信じることのできる心はとても尊いものだと

思います」

さらに続ける。

「しかし、信じることに何の意味がありましょう。確信できる要素がないかぎり信じることは危険です」

暫しの沈黙が訪れた。何も言わず、ただ立ち止まるをじっと見た。

どう返事されるのか。

確かにそうだと同意するのか、そんなことはないと否定するのか。

または、何も言わず去っていくか。



どちらでもなかった。

突然笑い出し、振り向いた。

「要するに今日のあなたが話したこと、態度、すべて否定してくださいとでも言うのですか」

「なっ・・・・・・・」

「あなたの謝罪は偽りだと」

違うと言えなかった。の言うとおり、陸遜は誤る気持ちなぞなかった。

ただ言葉を並べただけだった。

言葉の本当の意味を捉えたことにとても驚いた。

「可哀そうな方ですね」

「かわい・・・そう?」

「確信できるものがないと信じることができないあなたは、哀れでならない」

笑みを含めたまま、はその場から去っていった。

陸遜は呆然とその姿を見ていた。








  

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