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部屋へ戻るや否や、ドタバタと物を投げ出し寝台に身を投げた。

隣りで「はぁ・・・」と溜息を吐きながら、投げられたものを拾って机の上に置く者がいる。

その姿を見て陸遜はおもわず舌打ちをし、相手は苦笑い。

「そういう性格直したほうがいいですよ?」

相手はそう言うと、剣を磨き始めた。

陸遜は横目でちらっと見ながらまた舌打ちをした。

殿にばれたんですよ」

「やはり・・・・・」

「・・・・・あの女」

拳を作り床を叩いた。剣を磨く手も止まる。

「何があったか知りませんが、そんなに怒るのならやめたらどうです?」

「私は凌統とは違うんだよ。目的は一緒でもね」

「本来なら止めるべきなんでしょうね」

「でも止めないのだろ?」

「仕方ないでしょう。陸遜殿の気持ちよくわかりますから。しかし、なぜそんな面倒なことを」

「どんな時でも楽しみを忘れたくない。心任せでは醜いだけだよ。それに、凌統は人を相手に

しているが、私は人であって人でないものを相手にしているし・・・な」

「やな性格」

「よく言われます」

誰にと聞かれ、相手、凌統を指すとお互い笑い出した。




「そういえば、周瑜様が明日会議後、周瑜様の所に来るように仰られていました」

しばらくお互いのやるべき事をやっていると、凌統がふいに話しかけてきた。

「周瑜様が?」

お互いに会議に出れえる立場ではない。

周瑜のもとにいたときは軍議後、いろいろ話をしてくれたものだった。そこから3人で討論をする。

決定したことでもそれについて討論することにより、学べることもあるからだ。

お互いに校尉に昇格し、任地に就くようになってから話し合うこともなくなった。

軍議にも出れるようにもなっていた。

しかし、明日は豪族を含めた会議である。校尉である以上参加することはできない。

「周瑜様から呼ばれるのは久しぶりだな」

凌統は笑顔で頷いた。内容は分からないにせよ、会えることが嬉しいらしい。

「明日・・・か。会議が終わるまでに殿の方片付けておかないと」

「呂蒙殿の方もね」

陸遜は苦笑いするしかなかった。



















朝から大忙しだった。

会議が本日開かれる。資料をまとめ、早急に孫権へ渡さなければならなかった。

昨日のこともあり、仕事が終わってなかった。

徹夜明けである。

眠い目を擦りつつ、黙々と作業を続けていた。



「お、終わった・・・」

腕をあげ、大きく伸びをした。後ろでは、拍手をする音が聞こえる。

「ご苦労様」

は口を膨らませながら振り向く。

「毎度のことですが、自分の使う資料ぐらい自分でまとめて下さい」

「そんなことをしたら君、職をなくしてしまうではないか」

大真面目で言いながら、孫権は竹簡と紙を渡した。

「こ、れは?」

「よろしく!」

「またですかあ!!」

孫権は笑いながら資料を受け取り、去っていった。

大量の竹簡が目の前にある。

地方の税や、市場、民生に関するものが書かれている。これを紙にまとめるのだ。

「孫権様、絶対私を文官と間違えてる・・・」

目の前の山を見て溜息をついた。








しばらく作業を進めていると、扉を叩く音が聞こえた。

孫権のお客様だろうか。まさか孫権ということはないだろう。自分の部屋を叩くことなぞ普通しない。

とりあえず扉を開け言付けを受けることにした。

扉を開けると呂蒙が立っていた。

「呂蒙様。孫権様は会議中で今席を外していますが」

「わかっておるよ。殿に頼まれてここに来たのだからな」

言葉の意味を解せないでいたら籠を渡された。

「これは?」

「殿からの差し入れだ。では、俺も会議に遅れるといけないから。頑張れ」

頭に二度ポンポンと手を置くと去っていった。

一方はというと、手の中の物をどうしようかと立ち尽くしていた。

するとまた扉が叩かれた。

呂蒙が何か言い忘れたのかと思い普通に扉を開けたら立っていたのは呂蒙ではなかった。

「・・・孫権様は今いませんよ」

「会議中ですからね」

「ではなんで来たのですか、陸遜殿」

立っていたのは陸遜であった。

「殿と呂蒙殿の話を聞いて今とても忙しいとのことで微力ながら助けにきました」

「罪を感じて来たのならお帰り下さい。許しますから」

「寛大な方ですね。ですがそれとは別に来ました」

はっきり言って会いたくなかった。仲直りはしたいとは思う。

許されることではないが、人間関係が崩れるのは嫌であった。

だから許すしかないと思った。

そしてしばらく会わなければ記憶も薄れ、そんなこともあったと笑って過ごせる日もくると

信じていた。時が解決してくれる。

しかし、陸遜はこちらの気持ちを察してくれない。

少しイラついた。いつも人を見下しているような感じがあった。態度には表さないが、例えば、

昨日の正体がばれてしまった後の陸遜。

あれが本当の自分だと思わせようとしている。

しかし、そうとは思えない。

話している時に垣間見るあの悲しげな表情。深い深い闇に支配されているあの感じ。

とても悪い人とか善人ぶってるとか思えないし、思いたくもない。

だからこそ許せなかった。陸遜のすべてが。

「お願いですから、お帰り・・・・・」

急に変な感じに襲われた。

世界が回る、重力がかかる、光と闇の場。

白濁された意識の中でしきりにを呼ぶ声が聞こえた。

返事をするかわりにすぐ近くにあった服をできるだけ強く握った。

しばらくすると意識がはっきりしてきた。

どうやら倒れたようだ。

陸遜が受けとめてくれたおかげで大事には至らなかった。

「大丈夫ですか?」

「なんとか」

離れようと思った。しかし、離れ難かった。

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・今の呂蒙様がいいです?」

バッと勢いよく離れた。陸遜は笑っていた。

は頬を膨らませながら言った。

「違います。ただ少し・・・昔を思い出しただけです」

「昔、ですか」

急に笑いが止まり真顔になったので少し戸惑った。

「あ、兄のことなんですけど。少し・・・似ているな、と」

「私が?」

「はい」

とりあえず椅子に座るよう促した。

「実は兄の顔覚えていないんです。思い出はたくさんあるのですが、

顔は思い出そうとしてもぼやけてしまって。精神的なものだと言われたのですが」

「確か賊徒の仲間になったと聞きましたが」

「私を物陰に隠した後、賊徒に。あの時は裏切られた気持ちがあったのですがよくよく

考えてみれば、私を守ろうとしてくれたのかなって思うんです。私のもとから遠ざけて

くれたし、最後に謝ったんですよ。私を抱きしめて『ごめん』って」

「会いたいですか?」

「生きているのなら」

顔が濡れている事に気づいた。あれ?あれ?と言いながら拭き取るものの、涙はとまらない。

大丈夫ですか、と覗きこんできたので少しあたふたした。

「ち、ちがっ!。これは涙ではなく鼻水であって・・・」

「せめて汗にして下さい」

苦笑いしながら陸遜は立ちあがり、床に落ちていた籠を拾い上げに差し出した。

「倒れてしまうのも涙が出てしまうのもきっとおなかが空いているからですよ。

せっかくの差し入れなのですから食べましょう?」

涙を拭き取り頷くと籠を受け取った。

蓋を開けるとまだ温かみがあった。中身は肉まんである。

躊躇いなくかぶりつくと陸遜は満足そうに微笑み机の上にあった書類に目を向けた。

しばらく肉まんをほおばりながらその姿を見ていた。

最初はの書いていたものを見ていたのかと思うと、竹簡や巻物にも手をのばし始め

真剣な面持ちで読んでいた。

あまりにも真剣な感じだったので声を掛けられず、ただ食べている事しかできなかった。

これが本当の陸遜なのかなと思う。

仕事をしているとき、集中している間は余計な事は頭の中に入ってこない。素の状態だ。

少なくともはそうであった。

だから、素の陸遜を見ておもわず笑みがこぼれた。






「戦とは、なんだと思いますか?」

突然話しかけられ驚いた。どうやら読み終わったようだ。

「国、そのもの・・・・・・でしょうか」

少し考え答えた。どのような意味があるかは分からないが、意味あっての問いだと思えた。

「良い答えですね。国を守るために戦うし、国を豊かにするために領土を広げる。

結果、勝利をおさめれば豊かになり民のためにもなる」

は頷いたが、やはり何を言いたいかわからないでいた。

「文官は戦をしたがらない、目先の豊かさだけを見ているから。軍人は戦をしたがる。

ただ戦いたいから、あるいは地位が欲しいから。それではいけない。もっと先を見ないと。

あなたにはできますか?先を見つめること」

「私が先をみつめて何かになりますか?」

「殿はあなたを民政官に育てようとしています」

「民政官!?」

「でなければ、こんなあなたの仕事の域を越えたものやらせはしませんよ」

は初め、下女として雇われた。ところが今や、一般の文官以上の仕事をしている。

文字の読み書きができることを孫権が知って以来、様々な仕事が入ってくるようになった。

「私なんかにそのような大任務まりません」

真剣な顔をしていた陸遜は、急に顔を和らげ笑い出した。何事かと思う。

「自覚ないんですか?これはまたすごいことですね」

「はい?」

「今、この書類見た感じだと相当良くまとまってますよ。前年度との比較もされていますし・・・。

そうですね、殿はこの国を見てどう思いますか?」

陸遜はの民政官としての能力を測ろうとしている。

はそれが何となくわかり、どう返事したらいいか迷った。

民政の話をしたいのは分かるが、一応は単なる一般人、孫権の下女というのが今の身分だ。

だからこんな自分が答えてよいものか、と思った。

「あまり難しく考えなくていいですよ。ただあなたの考えを聞きたいだけですから」

そんなの気持ちを悟ったのか、一言付け足した。

こう言われると答えないわけにもいかない。

「とても良い国です。市場の物の出も良いし、税の取り立てもそれほど厳しくないでしょう。

南部は農業に適していますので飢えの心配も兵糧の心配もあまりないと思います。ただ、戦をする

となると天候の関係から不作の年は厳しいものがあるかと。あとは、やはり北と比べると人口が

少ないのが難点ですね。荊州を手に入れたとはいえ、絶えず戦の不穏な空気が流れていればいずれ

逃げ出す民も多くなりましょう。なんとかこの豊かさを武器に人口増加できればいいのですが・・・」

腕を組み、右手を顎の下にもっていって考えていた。

陸遜の方に少し目を向けると呆けた顔をしていた。

しまった、と思った。陸遜に何か言われるかと思ったが、何を言ったらいいのか分からない。

少し図に乗って話しすぎたようだ。

とりあえず謝ってみた。

しばらくして、はっとしたかと思うと陸遜は首を振った。

「いえ、謝る必要はないですよ。そうですか、そこまで考えていてくれたのですか」

「少し喋りすぎました」

「そんなことありません。逆に嬉しいくらいです。・・・やはり殿の目に狂いはなかったんですね」

「はい?」

「いえ、こっちの話です」

少し疑問に思ったが、書き途中の紙を渡されたので、ま、いいかと仕事の続きをすることにした。

当初陸遜が言っていたように仕事の手伝いをしてくれた。

正直、一人で目的の資料を探すのはとても大変だったので助かる。

いつもは呂蒙に手伝ってもらっていた。

比べるつもりはなかったが、陸遜との方が仕事はやりやすく感じた。無駄話がないのだ。

仕事が円滑に進み、結構早く終わりそうだ。

呂蒙とだと雑談を交えながらやるので、遅いと感じることはなくとも早く進めたいと思う時もある。

仕事だけに集中したいと言う考えがの中にはあった。

どうやら陸遜もその部類らしい。

だからかもしれない。陸遜のことを許してしまっている自分がいることに気づいた。










「ありがとうございました。とても助かりました」

「いえ、役に立てたのなら光栄です。正直、あなたが言ったように罪償いの為に来たってのも

ありますが」

「正でもなく負でもないってとこですね。私ってば寛大だから」

「そうでしたね」

笑みを含めながら言った。

「そんな寛大なあなたから何かもう一つお礼貰いたいのですが」

「欲張りしないで下さい。私、今あげられるものないですよ」

陸遜は目線を斜め下に向け唸りだした。

そうですね、と呟くと口先を上げ、をじっと見てきた。

戸惑った。思わず一歩さがり身構える。

が嫌いな例の陸遜が表に出始めていた。

陸遜はそんなの行動お構いなしな様子で近づいていき、顔をの首筋あたりにうめてきた。

一気に耳を真っ赤にし、陸遜をはがそうとしたが、その前に自分から離れた。

なにが起こったかわからない。少し首筋がチクッとした程度だった。

目をぱちくりして陸遜を見るとにっこり笑って、いただきました、とだけ言って部屋から去っていった。

部屋に残されたは徹夜して寝てない事をすっかり忘れ、ただ、この鼓動の速さがおさまるのを

待っていた。







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あとがき
今更ですけど凌統のイメージはいつでも敬語、部下に慕われ戦に熱い。
だから無双4の凌統は衝撃的でした。捻くれてるー!!・・・そんな凌統も好きだけど(爆)
そんなこんなで次回、
凌統&陸遜&周瑜のいいどこトリオ(?)の会談・・・でしたっけ?(知るかよ
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