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「これは何だ!」

呂蒙の怒鳴り声が室内に響き渡った。

『これ』といわれてもには何を指して言っているのか分からない。

首を傾げていると呂蒙はワナワナと震えだし言う。

「首筋に紅く吸い付いた跡がある。誰かと寝たのか」

「首、すじ?」

変な疑いを掛けられ、しきりにとこうとした。しかし、喉まで出かけた時ある人物が浮んだ。

「まさか・・・あの時の」

「あの時ってなんだ!肯定するのか!?」

「しなっ・・・」

否定しようと声をあげた瞬間、急に世界がひっくり返り、視界には呂蒙と天井が広がる。

「呂蒙様?」

「誰なんだ、この跡を付けた者は」

「誰でもありません」

じっと見てくる呂蒙の目が怖くて視線を逸らす。

「・・・・・・・・陸遜か?」

頭に浮べた人物と呂蒙か発した人物が一致し、否定することを忘れ呂蒙の目を見てしまった。

その様子で、疑惑から確信に変わったらしく、狂ったようにの首筋に吸い付いた。

「痛っ・・・」

「こんな跡俺が消してやる!」

呂蒙は首筋に跡をつけた後、の唇に口付けを落とす。

刹那、先日の陸遜との口付けを思い出してしまい、呂蒙を押しのけた。

呂蒙はその行動に驚いたようにを見下ろす。

「ごめんなさい。今は・・・無理です」

この先起こるであろうことを考えて言った。

あまりにも鮮明に思い出してしまい、顔が赤くなる。

「俺のは下手なんだろ?」

「な、突然何言い出すんですか」

「否定はしないんだな」

「否定も何も・・・」

呂蒙は手で制して、もういい、というと部屋から去って行ってしまった。











あの日を境に少しずつ呂蒙との関係が変わり始めていた。

昨日も会議後、部屋へ訪なってくれたが何を会話するわけでもなく、しばらくして去っていった。

以前なら話すこと尽きなかったのに二人の間の空気が変わってきているように見える。



は昔のことを思い出した。

あの時、震えていた私を助けだしてくれたのは呂蒙だ。今の関係が崩れてしまえば

自分の心も崩れてしまう。

この国に来てから友人は増えたけど、やはり心の支えは呂蒙だから、失ってしまった時の

自分がどうなってしまうのか想像できない。

は部屋の入口を見ながら溜息をついた。



「どうかなされたのですか?」

突然窓から声を掛けられ驚いて立ちあがると、寝台の上だったため足を滑らせて

尻餅をついた。

「痛い・・・」

「だ、大丈夫ですか?」

「・・・全然大丈夫じゃないです」

頬を膨らませて言うと、陸遜は笑いつつ冷静に言う。

「申し訳ございません。しかしながら、急用でこちらへと参りました」

陸遜はその場で起立して言うので何事かと思う。

「周瑜様がお呼出です。ご足労願います」

「周瑜様・・・・・・・・・・・って、え?・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・周瑜様!?」

「(遅っ!)」

なんか前も似たような反応してたことを思い出して陸遜は苦笑いする。


一方、は頭の中が混乱していた。

周瑜は軍の最高指揮官であり、もちろん一度も会ったことがない。

接点がないし、身分は考えるまでもない。そもそも比べること自体間違っている。

そのような人物が一体何の御用件なのだろうか。


「あ、あの、私・・・」

「こっちからの方が近いんです。さあ、行きましょう」

手を差し出され躊躇することすらかなわない。

ここは腹を据えて赴くしかないと、は立ちあがり窓へと向かった。


















「周瑜様、殿を連れてまいりました」

部屋の中から合図があり入室する。

頭を下げ顔を上げると、噂通りの美しく顔立ちの整った男性がいた。美周郎とは

上手く言ったものだ。

しばらくの間、顔を見入っていると周瑜が微笑んだ。

「私の顔がそんなに珍しいのか?」

そう言われ、初めて凝視していたことに気づき顔が赤くなる。

「陸遜、これをもとの場所へ戻しといてくれ」

陸遜は頷き、竹簡を受け取り出ていった。


「あああああああの、私何か悪いことでも仕出かしたでしょうか」

「陸遜から何も聞いてないのか?」

「急に来て連れてこられたものですから何も・・・」

「そうか、わかった。では単刀直入に言おう。、お前には魯粛のもとへ行ってもらう」

「・・・・・はい?」

何か怒られるのかと思っていたため、予想外のことを告げられ呆けてしまった。

魯粛のもとに一体何をしにいけというのか。

周瑜に呼ばれた時点ですでに意味不明なのに、この言葉はさらに理解できず混乱を招くだけだ。

「魯粛のもとで外政について学ぶのだ。ただし、下女の仕事は続けてもらうが」

「私が、外政?」

「先程の竹簡、見させてもらった。確かに殿が認めるだけある。内政については

言うことはあるまい。だからこそ、外交官として育ててはどうかと思った。内を知らなければ

外政も出来まい」

昨日、陸遜が言っていたことを思い出す。孫権が民政官にしたいということだった。

まさかとは思った。ありえない話だと。

しかし、今まさに更にありえないことが起こっている。

内政ならまだしも外交というのはあまりにも重過ぎる。

交渉が決裂すれば戦になることだって十分考えられる。

そんな重要な仕事、やっていいはずがない。


「何も今すぐ劉備に会ってこい、あーしろ、こーしろなどと言わない。そんなことお前には

無理だし頼みたくもない。魯粛のもとでしっかりと学び、いずれは呉のためになるような

外交官へと育って欲しいと思う」

「私なんかにできるでしょうか」

「そんなことやってみないと分からないだろ。何事も経験だ。駄目だったら駄目で、また

下女一筋で働いていくんだな」

下女としての仕事が好きだった。家事全般が好きだったし、なにより孫権のために何かして

あげれるというのが嬉しかった。

外政をやって孫権のためになるであろうか。結果が出せなかったら逆に迷惑をかけてしまう

のではないのか。

「考える時間を頂けませんか」

「それほど時間をやれない。本日の日没まで、それでよいか」

は頷き退室をした。






























洗濯物をしまいながら溜息をつく。

もうすぐ日没。空の色が青から赤へと変わりつつあった。

まだ決めきれていないは、どうしよう、どうしようと、本日何回言ったか分からない

言葉を繰り返す。


「何かあったんですか?」

突然後ろから話しかけられ、驚いて地面に衣服を落としそうになりあわてて握りしめる。

後ろでしきりに謝りつづけるのを聞いて誰が話しかけてきたか分かった。

「そんなに謝らなくても服は無事ですよ、凌統殿」

「衣服の心配もありましたが、驚かせてしまったことに謝っていたわけでして・・・」

凌統とはこの国に来て初めてできた友人であった。

親をお互いに亡くしたことから気が合うことが多いのだ。

「っと、で、何をそんなに悩んでいるんですか?」

「・・・・・実は」

は悩みをうちあけた。一人で考えるより周りに意見を聞いた方が答えが出るかも、

と思ったのだ。



「昨日の陸遜殿そっくりだ」

聞き終えるな否や、陸遜の名が出てきて首を傾げる。

「周瑜様に戦がある間とのを守ってほしいと言われたんだ。陸遜殿は一緒に戦に行きたい

って言っていたけど、一晩中悩みつづけていたよ」

「戦があるのですか?」

「もうすぐね。そのため各将たちは守備のため散り散りになる。殿のもとには旗本と黄蓋将軍、

韓当将軍しかいなくなってしまう。つまり新兵の調練をする人達しかいないんです」

「だから陸遜殿を?」

「陸遜殿は少数民族を抑える仕事を得意とされています。そして、殿が危険にさらされる

としたら民族の反乱なんです」

は話が長くなると思い、近くの石に腰掛けるよう促した。

殿は思い出したくないかもしれないけど、あなたの村を襲ったのも山越族という

民族です」

は目を見開き凌統を見た。ただ単に、黄巾族のような残党が村を襲いにきたのだとばかり

思っていたのだ。

「実は当時、反乱を抑えたはずの山越族が不穏な動きをみせていたので周瑜様がこっそり

陸遜殿たちを向かわせたんです。殿が反乱を抑えたから実は抑えきれてなかったなんて知れたら

大変なことですからね」

「陸遜殿、私の村にも来たのですか?」

「来たもなにも、しばらくの間殿の村の周辺で駐屯していたはずですよ」

「呂蒙様は?」

「呂蒙殿?呂蒙殿は行ってませんよ。先程も言ったように極秘任務ですから」


どういうことだろうか。呂蒙から聞かされていた話とは違う。

たまたま通った村で族が暴れていた。だから族を倒してを救った、そう聞かされていた。

とにかく続きを聞くしかないと話を促す。


「予想通り反乱が起き、鎮圧したんです。ただ、周辺の村全域で起こったので殿の村の

救出には遅れてしまって・・・」

暗く沈んだ声になりは励ました。凌統は再び謝ると苦笑いをした。

「普通逆の立場なんですけどね。・・・こんな話してすいません」

はしきりに首を振り、いいんですよ、と言った。

「とにかく言いたかったことは、陸遜殿は今回の周瑜様の命を受けたんです。あの時

守りきれなかったことが相当悔しかったのでしょう。反乱がどんなに恐いことか一番理解

している方ですから」


陸遜からも、呂蒙からも、孫権からも、聞いたことのない話だった。

呂蒙はを助けたと言った。陸遜や孫権からも同じ事を聞いた。


凌統の言ったことは嘘ではないと思う。


一体どういうことなのだろうか。



気づけば空は赤く染まり日没も近い。ついに答えが出ぬまま期限を迎えてしまった。

はゆっくりと立ちあがり、砂をはらい挨拶をして周瑜のもとへ行こうとした。

その時凌統に話しかけられた。

「外交官、やってみるべきですよ。少しでも殿のためと思うのなら」

「外交やって私が役に立つかどうか・・・」

「立たなくても立つようにするんです。それに、村が襲われた本当の理由が分かる

かもしれませんよ?」

「どういうことですか?」

「世の中には記憶に残しておきたいものや、抹消させてしまいたいものがあります。

今ならまだどこかにその記録が残っているかもしれません」

あの村の壊滅は何か意味のあるものだったのか。


食い違う真実、抹消させたい記録。

外交官になればそれがわかるというとでもいうのか。


「殿の役にも立ち、本当のことも分かる。一石二鳥じゃないですか」

さあ、いってらっしゃい、と背中を押され考える暇もなく周瑜の部屋へと着いた。


「決まったか?」

周瑜に言われ、ただ頷き外交官の件を受けていた。







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あとがき

前回あとがきで凌統出すと言った手前、出さないわけにもいかず出したわけですが
正直、次回に出したかった(爆)途中できりたかったけど凌統の出番が終わらない
限り終われねぇ。
次回、呂蒙がついに動く!?・・・どこに?(知らん 爆
そしてあの方の登場!!黒魔術的な場所へと移ります(モロバレやんけ
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